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冨田勲・イーハトーヴ交響曲の感想  

Twitterから転載。


冨田勲のイーハトーヴ交響曲を聞いた/見た。これは名曲というより歴史的な珍曲だと思う。 初音ミクのインパクトは強烈だったが、思っていたほど主役にはなっていなかった。どちらかというとインターリュード的な使われ方をしていた。主役は合唱だろう。男声合唱、女声合唱、子供合唱がいた。

「どぅどどど」など擬音を用いたり、宮沢賢治特有の貧乏くさい詩を、日本童謡的な牧歌的なメロディで合唱させていた。オーケストラからは、近現代曲らしいキツイ響きも聞かれた。 また、最後に少しあったが、多くの場面で、ミクと生の合唱が協奏していなかったのは残念だ。

隠れた重役としてはピアノ。シーケンスの様に同じフレーズを繰り返すピアノはソロはなかったが、印象的だった。音を伸ばさないスタッカートでの演奏が多く、ピコピコ感すらあった。間延びしがちな牧歌的シーンから耳を切り替えさせるという大きな役割を負っていたと思う。

初音ミクは先に述べたように、決定的な主役ではなかった。しかしインパクトはあった。特にダンス。おそらくCDで聞いてはこの曲の魅力は半減してしまうのではないだろうか。現場ではバックスクリーンに映し出されていた。テレビ放送では編集され楽器演奏者の中にも重ねられていた。良い音を出せる

AV機器があって、もっと映像編集に凝れば、生よりも編集後の方が面白い空間が作り出せるかもしれないと思った。 ミクは純粋に音楽的な意味でも面白い存在だが、ミクがこれだけヒットした理由はおそらくそれだけではないのではないか。ミクという名前を付けられ、容姿がある、キャラクターとして

キャラクターとして存在しているというのが重要だと思う。単なる音楽ソフトウェアではなくキャラクター。キャラクターではあるのだが、実は人格はない。作曲者が自由にキャラクタライズできる余地を十二分に残してある。

作曲者によってすごい個性が出るようになっている。その点は機材的。機材的なのだが、キャラクターでもあるというバランス。 そして富田勲によるミクは、珍味だったと思う。オリジナルの歌詞は富田が書いているのだろうか。「私はパソコンから出られない」だったか、ひどく直球な自己紹介をしていた

今年81歳を迎えた富田功が書いた歌詞であるならば納得はできる。 ダンスはどうだろう。誰が振付をしてプログラミングしたかは分からない。だが、先に述べたようにこの曲においては歌よりもダンスが面白かった。機材以上キャラクター未満であるミクにしかできないようなパフォーマンスだった。

イーハトーヴ交響曲は珍曲だと思うが、先駆者、開拓者としては富田勲に心からの敬意を表したい。 これも想像だが、クラシックの作曲家の中にもミクを取り入れた曲を書いて演奏させたいと思っている人間は潜在的に多くいるのではないだろうか。ただ、予算や手間の関係で中々出来ないのではないだろうか

そんな中で富田勲という日本を代表するビッグネームが、これだけ大々的にやってくれたことで、後進が進みやすくなったのではないだろうかと思った。そうであるならば富田とイーハトーヴ交響曲の存在はさらに偉大になる。 視覚的、聴覚的にこれからミクを上手く利用して観客を楽しませてくれる

クラシック系の作曲家が沢山出てくることを望む。 ただ、マンネリは良くないのであくまで「楽しませてくれる」作曲家であり作品を望む。

今度は「初音ミク協奏曲」的な、真に初音ミクが主役となった管弦楽曲が聞いてみたいと思った。



NHKEテレ1東京
冨田勲のイーハトーヴ交響曲〜初音ミクが歌う賢治の世界〜
2013年5月4日(土) 23時00分~23時45分

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