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下手だけど、そこが良い - My Sweet Darlin' / 矢井田瞳  

久しぶり――もしかしたら10年ぶりくらい――に矢井田瞳の『My Sweet Darlin'』(2000年10月4日)を聞いた。ライブではなくてCD(daiya-monde)音源である。

記憶していた以上に、歌が下手で驚いた。そう聞こえた。ただ、歌が下手でも良い曲というのはある。特にポップスやロックには多い。荒削りな勢いが強調されて、逆に魅力になる場合もある。この曲もそういう曲だと思う。

歌詞も
神様はいない
だって祈ったもん 想いが届きますようにって
祈ったもん…

といった具合だ。

社会には様々な人間がいる。様々な宗教があり信者がいる。基本的に我々は、自分とは異なる宗教観を持つ人間に対して、配慮をしなければならない。それが大人というものだ。

一方で、ポップスを含め芸術の世界では――アーティストの哲学に基づいて、詩情を込めて、あるいはロック/パンクな意思を込めて――積極的に神の存在を否定することがある。それは時に信者の心を深く傷つけることもある。

矢井田瞳もそうだろうか。

私にはそうは聞こえない。私には単に“Yaiko”の思慮不足なだけのように聞こえる。社会経験の少なさから、子供/若者は時々、思慮を欠いた発言や行動をしてしまうことがある。まったく軽はずみに。私にもそういった覚えは沢山ある。

矢井田瞳はこの時22歳だ。「まだまだ子供だった」ということではないだろうか。

そしてそれが、この曲の魅力の核でもある。芸術表現をする上で、「若気の至り」は非常に尊いものだ。この曲は“Yaiko”の若さゆえの、ナチュラルな未完成さが詰まった曲ではないだろうか。“Yaiko”は若作りをしない。子供ぶらない。下手なふりをしない。自分を《やんちゃな若者》として演出しない。自然体で、まさにそのものだからだ。

そして、若者だから許される(魅力になる)表現は、歳を取れば、急激に許されなくなる(魅力を失う)。自然体でやんちゃさを表現できる期間は短い。それだけに、『my sweet darlin'』のような魅力を放つ曲は、実はそう多くない。この短い期間に、精一杯音楽活動をし、レコード会社やプロデューサーとの良い出会いをしなければならないからだ。


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