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中曽根康弘が語る、河野談話・村山談話  

中曽根康弘が語る戦後日本外交中曽根康弘が語る戦後日本外交
(2012/10/26)
中曽根 康弘

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服部龍二: 1993年8月4日、宮澤内閣の河野洋平官房長官は従軍慰安婦の強制性を認めた談話を発表します。河野談話については、2007年に安倍晋三首相の発言が物議を醸すなど、自民党内でも賛否が分かれます。河野談話について、どう評価されていますか。

中曽根康弘: 私は河野談話は全く評価していませんでした。いわゆる従軍慰安婦の問題については、もっと慎重に発言しなくてはいかんと思っていました。それまでの自民党の政治家は、皆、この問題についてコンセンサスがありました。つまり、強制性を認めておらず、話し合いによるものだったとね。左翼の連中は、これは強制されて連れて行かれたと主張し、我々とは対立していましたが、そのような経緯を覆して、河野官房長官が談話で従軍慰安婦の強制性を認めたことを、私は軽率だと思いました。検証もしないで今までの配慮を無にする、勝手な発言をしたという印象を持った。

服部龍二: 1994年7月、所信表明演説で村山富市首相と社会党は、自衛隊や日米安保条約を容認するなど現実路線に転換します。他方、阪神淡路大震災では、危機管理能力を問われることになりました。これらの政策や村山個人の資質について、どのようにお考えでしたか。

中曽根康弘: 村山君個人は非常に善人で、それまで我々が抱いていた社会党の党員に対するイメージを変えたね。だから、総理大臣としての村山を評価していました。社会党だったけれども、現実を直視し路線を転換したことには、政治家としてあり得べき見識をちゃんと持っていると思った。

服部龍二: 村山首相が1995年8月15日、終戦50周年に際して村山談話を出します。これについてはいかがですか。

中曽根康弘: 私は、時期が来て、時代の締め括りに日本政府が公式的発言を行う場合に、誰が村山談話的なものを出すかということが懸案になると考えていました。内容については一定の段階が来たら、結末をつける意味において必要なものにすべきだとは認めていました。それを終戦50周年の時に、村山首相の発言として出したというので、村山の政治性を非常に評価しました。我々が希望していることを全部言ったからね。私は、村山談話の内容と、発言のタイミングを評価しています。

服部龍二: 村山談話の策定過程をご存知でしょうか。

中曽根康弘: 外務省内部で助言をしてまとめた文面を、村山が採用したのでしょう。村山は国家の責任者になった時点で、社会党員の立場を捨てて、国家的政治家の立場に頭を切り換えた。私は、その政治家的な度量を評価していました。

中曽根が村山首相をここまで評価しているとは知らなかった。
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