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鈴木寛(すずきかん)が政治家を志した3つの理由 ②  

堀義人が聞く No. 7 鈴木寛氏 収録日:2013年5月28日


16分~ の話をまとめた。

すべての子供に学習権を保障したい

慶応義塾大学で教鞭をとっていた頃、ある教え子の親の会社が倒産をした。その子は何とか中退をしないで済んだが、経済的に大変な苦労をした。そのような実体験もあり、どのような家に生まれようとも、全ての子供、若者たちに学ぶチャンスを保障したいと考えるようになった。

日本は1979年に国際人権規約を批准している。しかし13条については例外的に長い間、留保をしていた。13条とは中等教育(中学・高校)の無償化と高等教育(大学など)の漸進的無償化を定めた条項だ。13条を批准していない国はルワンダと日本とマダガスカルだけだった。そしてルワンダは2008年に留保を撤回した。

高校無償化はアメリカでは19世紀に実現している。イギリス、ドイツ、フランスは第一次世界大戦後すぐに実現している。日本の状況は国辱的ですらあったが、民主党は政権交代後半年で高校無償化を実現させた。

大学については希望者全員奨学金対応を実現させたかった。そして副大臣となってそれを実現させた。69万人だった奨学金対応者を140万人に倍増させた。

奨学金と日本育英会を廃止するという動きもあった。教育ローンにすればいいという話だ。しかし、教育ローンにすると借り手は親という形になってしまう。すると例えば親がクレジットカードの未払いや住宅ローンの未払いなどでブラックリストに入ってしまっていると、ローンが利用できなくなってしまう。その点、奨学金は学生自身が借りるという形だ。私は日本育英会存続運動尽力した。そして海外の留学生にも対応した学習支援機構という機構にまで発展的拡大をさせた。

そして学費免除枠の問題。昭和61年には12%あった免除枠が、政権交代時には5%にまで縮小してしまっていた。それを文科副大臣として10%にまで拡大させた。私立大学においては国が2/3を負担し、学校側に1/3負担して頂くという形にした。中央大学などに協力して頂けた。

私や堀さんの頃は何とか頑張って国立大学に行けば学費はさほどかからなかったが、一体いつから親の経済格差が子供の進学率に繋がり始めたのだろうか。調べてみると昭和61年だった。国立大学の授業料自体は50年代から上がり始めていたが、50年代は同時に学費免除枠も増えていたのでまだ大丈夫だった。しかし61年以降は授業料が上がり続けると同時に、学費免除枠も縮小していっていた。

様々な努力の結果、2012年9月11日、ついに日本政府は国産人権規約13条の留保を撤回する閣議決定を行った。そしてただちに国連に受理された。

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