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11/15のツイートまとめ  

sartrean

第001回国会 本会議 第8号 昭和二十二年七月一日 衆議院 http://t.co/WO4WdgrnIN 片山哲・内閣総理大臣による、施政方針演説。
11-15 22:04

当時の会議録を全部読めと……?
11-15 21:52

片山内閣、芦田内閣を忘れてた
11-15 21:46

1946年6月の吉田茂の改正案提出時の答弁から、1950年の警察予備隊設置に際する答弁までの間の、政府見解が分からない。正式に憲法が可決され、公布されてから吉田内閣は何らかの見解を示したのかな。
11-15 21:43

吉田茂内閣総理大臣の解釈は、あくまで「帝国憲法改正案」に対する解釈であって、新憲法の解釈ではない。とも言える。
11-15 21:37

例の吉田茂の「自衛の為の戦力も認めない」という答弁は、新憲法制定仮定の一番最初の段階、第90回帝国議会・衆議院本会議での答弁なんだよね。
11-15 21:35

いわゆる「芦田修正」などを含む修正案を作成した。翌21日、共同修正案は委員会に報告され、修正案どおり可決された。 8月24日には、衆議院本会議において賛成421票、反対8票という圧倒的多数で可決され、同日貴族院に送られた。
11-15 21:33

委員会での審議は7月1日から開始され、7月23日には修正案作成のため小委員会が設けられた。小委員会は、7月25日から8月20日まで非公開のもと懇談会形式で進められた。8月20日、小委員会は各派共同により、第9条第2項冒頭に「前項の目的を達するため」という文言を追加する、
11-15 21:33

日本国憲法の誕生 (国立国会図書館) http://t.co/CaetXcyPPq "6月20日、「帝国憲法改正案」は、明治憲法第73条の規定により勅書をもって議会に提出された。6月25日、衆議院本会議に上程、6月28日、芦田均を委員長とする帝国憲法改正案委員会に付託された。 "
11-15 21:32

吉田茂 「自衞權に付ての御尋ねであります、戰爭抛棄に關する本案の規定は、直接には自衞權を否定はして居りませぬが、第九條第二項に於て一切の軍備と國の交戰權を認めない結果、自衞權の發動としての戰爭も、又交戰權も抛棄したものであります」1946年(昭和21年)6月26日
11-15 20:50

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