現代 note

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1894年から1900年(日清戦争から19世紀の終わりまで)の世界 東アジア編  

東南アジア編[1]    

東アジア

1894

朝鮮国内で反体制人民蜂起が起こる。(甲午農民戦争)これを鎮める為に朝鮮は事実上の宗主国である清に出兵を要請する。時を同じくして大日本帝国も公使館警護と在留邦人保護の名目に朝鮮へ出兵する。清と日本は朝鮮半島で対峙することとなり、それが日清へと発展する。

1895

日清戦争は日本の勝利で一時終結。417日に日清間で条約が結ばれる。この条約の定めるところにより朝鮮国は清より。日本は2億両≒3億円という多額の賠償金[1]と遼東半島、台湾、澎湖諸島などの領土を得る。しかし数日後、ロシア、ドイツ、フランスの圧力(三国干渉)があり、日本は遼東半島を清に返還した。

1896年~

日清戦争の敗北で弱みを見せてしまった清は列強によって次々に領土を租借され、数年の間に植民地状態になってしまった。

半植民地[1]

大連、旅順

ロシアが租借(1898

威海衛

イギリスが租借(1898

膠州湾

ドイツが租借(1898

朝鮮半島

大韓帝国として独立(1897

台湾

は見せるも結果的に、日本の領地となる(1895

香港、九龍半島

イギリスが租借(1842,1898

広州湾

フランスが租借(1899




















1900

相次ぐ列強の清への進出に対して清の国内で、義和団なる排外主義宗教団体が「扶清滅洋」を掲げ、排外運動を見せていた。西太后はこれを始めは取り締まろうとしていたが、支持に転じ19006月に列強8か国へ宣戦布告。しかし列強の連合軍によってすぐに鎮圧された。清は莫大な賠償金の支払いを命じられることとなる。



[1] 1895年(明治28年)度の日本の予算は約9200万円であるのでその3.26倍の金額である。参考までに2012年(平成24年)度の日本国の歳入予算は約903339億円である。

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