現代 note

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『アルエ』BUMP OF CHICKENの楽曲分析1 イントロ編  

シンコペーションを含んだスピード感のあるギターリフで始まる。Eである。

gt-riff[1]

Fm7の所で装飾的なフレーズが入るが、基本的に上部2声は保続和音(ソプラノ・ポイント)となっている。そしてベースを合わせた下3声は完全5度と完全4度のインターバルを保持したまま同型[1]で上昇している。内声もFm7の箇所を除いて、ルートから数えて長3度をキープしている。

wasei[2]

また、G6コードはノン・ダイアトニックコードである。G♭とD♭の音はE♭メジャー・キーの中には存在しない。

Gb6[2]

ここはG♭マイナー・キーに部分転調したとも考えられるし、ブルーノート[2]を使用したとも考えられる。

scal[4]

scal[2]

リズムや全体の曲調がブルースとは程遠いので、この曲がブルースとは言えないが、スパイス程度にこういった音使いがされると、骨太なブルースロック風の色彩が僅かに出る。グルーヴの軽快さに反して、全体として曲が軽過ぎないのは、詩や歌の世界感が第一の要因だと思うが、和声的にも理由がある。

このように和声を理論的に分析したり、コードネームだけを見ると何となく複雑な曲の様だが、ギターの指板で考えるとそうでもない。

daia[1]

※全て半音下げチューニング

押さえ方が似ているのが分かると思う。指の平行移動によるフレージングが容易であることはギターという楽器の特性である。また、12弦は基本開放弦を利用している。この開放弦が多くの場合テンションノートを担当している。そしてG♭コードに於いては、2弦と3弦で共にB♭の音を出している。ギターでは同じ音でも弦が異なると微妙に音色が変わるので、このような鳴らし方をすると、コーラス効果が出る。これもギターならではのサウンドである。

また、3つ目のコードをGmではなく、G6にした理由もここから見えてくる。

Emaj7[1]

12弦の開放弦を利用しながら、Gmコードを弾こうとすると、E♭とDの音がぶつかってしまう。Gmコードに於いてE♭はアヴォイドノートなのだ。一応このぶつかった響きも含めEmaj7/Gというコードにはなるが、E♭は伴奏のトップノートである。ォイシング理論上、トップノートでの短2度の響きは基本的には避けなければいけない不協和音だ。上のギター・ダイアグラムを見ると、一見Dの音が直接短2度でぶつかるわけではないようにも見えるが、音響物理学的に倍音も含めて考えればベースから数えて5度の音であるDの音は、上声部に於いてもかなりはっきり鳴っている。よって、やはり不協和音になる。

また、音は基本的に上昇すると緊張感を増し、下降すると安心感をもたらす。『アルエ』のイントロに於けるベースラインは、2度ずつじわじわ上昇していくラインになっている。

bass[5]

しかしドミナントコード(Bb)に到達する手前で、E♭へ戻る。ドミナントモーション(大きな解決)を避けた形だ。これにより調性的にややルーズな雰囲気が出る。また、ブルージィな雰囲気も少し出る。上述したノン・ダイアトニック・コードの響きも生きてくる。

また、この部分は半音下げチューニングの元、全てベースの4弦を用いて弾いているものと思われる。エレキ・ベースの弦は4弦が物理的に最も太いため、これにより音にも太さが出てくる。

bass[6]

ここまで見てきたようにこの曲はギタリスト、ベーシスト目線で作られている。ロックバンドらしい曲である。

イントロのリフを終えると8小節間、トニックコード(E♭)の保続(トニックペダル)が行われる。装飾的なフレーズは入るが和声的にはずっとE♭である。ノン・ダイアトニック・コードを用いることによって刺激的になった曲を一旦落ち着かせ、Aメロへの期待を喚起させる効果がある。


作詞・作曲:藤原基央 編曲:BUMP OF CHICKEN

参照・引用元: ChordWikiGLNET+月刊歌謡曲2007年12月号

*明示したコードや旋律は間違っている可能性がある。鵜呑みにせずに各自の耳で確認して欲しい。
*ライブに於いてはアレンジを変えることがある。


[1] こういった技法をパラレル・モーション(平行進行)という。

[2] ここで示したのはマイナーペンタとメジャーペンタを合わせて、♭5を足したもの。ブルースについてはここでは詳述しない。

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category: 音楽

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1894年から1900年(日清戦争から19世紀の終わりまで)の世界 オセアニア編  


オセアニア編


ハワイ
19
世紀末の
ハワイ王国では王権派と親米勢力が対立していた。1893年、親米派によるが起こり、翌年ハワイ共和国が成立。1898年には自治領としてアメリカ合衆国に併合された。

その他
1900年、トンガ王国ニウエ王国がイギリスの保護領となった。これをもって、無人島も含めたオセアニアの全ての島々が列強の領土となった[1]。(ニューギニア島西部より西は東南アジア編で扱う)

マリワナ諸島1899)、カロン諸1899)、ニューギニア島北東部、マーシャル諸島ナウル島ソロモン諸島北部(1900年まで)、サモア諸島西部(1899

                  ドイ                   

地図データ ©2013 Google, INEGI, MapLink, Tele Atlas

オセアニア[1]

 アメリカ領 

ハワイ諸島
1898)、
グァム島1898)、サモア諸島東部(1899)、西部ライン諸北部(1898

スペイン領
[2]

カロリン諸島(1899まで)、マリワナ諸島(1899まで)

               イギリス領               

ニューギニア島南東部、オース、ソロモン諸島(北部は1900年~)、バヌアツ(仏と争奪)、ギルバート諸島フェニックス諸島ライン諸島南部[3]エリス諸島トケラウ諸フィジートンガ諸島1900ニウエ1900)、クック諸島ノーフォーク島ニュージーランピトケアン諸島

   フランス領   

バヌアツ(英と争奪)、ニューカレドニアウォス・フツポリネシ




ハワイ王国最後の女王となったリリウオカラニは「アロハ・オエ」の作曲者である。

 Amy Hanaiali`i - Aloha `Oe
 Aloha 'Oe by テレサ・ブライト


[2] 19世紀末、スペインはかつての力を弱め、オセアニアに於いても領地を他の列強に奪われていた。

[3] ギルバート諸島、フェニックス諸島、ライン諸島南部は現在のキリバス共和国にあたる。参照:外務省Wikipedia太平洋諸島センタ


category: 歴史/人物

thread: 歴史 - janre: 学問・文化・芸術

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1894年から1900年(日清戦争から19世紀の終わりまで)の世界 東アジア編  

東南アジア編[1]    

東アジア

1894

朝鮮国内で反体制人民蜂起が起こる。(甲午農民戦争)これを鎮める為に朝鮮は事実上の宗主国である清に出兵を要請する。時を同じくして大日本帝国も公使館警護と在留邦人保護の名目に朝鮮へ出兵する。清と日本は朝鮮半島で対峙することとなり、それが日清へと発展する。

1895

日清戦争は日本の勝利で一時終結。417日に日清間で条約が結ばれる。この条約の定めるところにより朝鮮国は清より。日本は2億両≒3億円という多額の賠償金[1]と遼東半島、台湾、澎湖諸島などの領土を得る。しかし数日後、ロシア、ドイツ、フランスの圧力(三国干渉)があり、日本は遼東半島を清に返還した。

1896年~

日清戦争の敗北で弱みを見せてしまった清は列強によって次々に領土を租借され、数年の間に植民地状態になってしまった。

半植民地[1]

大連、旅順

ロシアが租借(1898

威海衛

イギリスが租借(1898

膠州湾

ドイツが租借(1898

朝鮮半島

大韓帝国として独立(1897

台湾

は見せるも結果的に、日本の領地となる(1895

香港、九龍半島

イギリスが租借(1842,1898

広州湾

フランスが租借(1899




















1900

相次ぐ列強の清への進出に対して清の国内で、義和団なる排外主義宗教団体が「扶清滅洋」を掲げ、排外運動を見せていた。西太后はこれを始めは取り締まろうとしていたが、支持に転じ19006月に列強8か国へ宣戦布告。しかし列強の連合軍によってすぐに鎮圧された。清は莫大な賠償金の支払いを命じられることとなる。



[1] 1895年(明治28年)度の日本の予算は約9200万円であるのでその3.26倍の金額である。参考までに2012年(平成24年)度の日本国の歳入予算は約903339億円である。

category: 歴史/人物

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Mary j Blige - Steal Away  



No More DramaNo More Drama
(2001/08/28)
Mary J Blige

商品詳細を見る
Produced by THE NEPTUNES
Written by Mary J. Blige and Pharrell Williams
Lead vocals by Mary J. Blige and Pharrell Williams
Background vocald by Mary J. Blige
Rap by Marshane Smith
Recorded by Brian Garten at The Record Plant, Los Angeles, CA
Assistant Recording Engineer: Derek Carlson
Additional recording at Right Track Studio, New York, NY
Mixed by Serban at Rright Track Studio, New York, NY

℗©2001 MCA Records

category: 音楽

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