現代 note

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大学生の内輪ノリライブを見て感動する  

軽音楽部の内輪ライブ

先日、諸所の事情があって、某大学の軽音楽部のライブを、ライブハウスで見る機会があった。4年生の卒業を記念した、いわゆる追いコン・ライブだ。

観客は20人程度。その半数は出演者も兼ねている。残り半数も私を除いた全員が、お友達/知り合いのようだった。時間はトータルで2時間半ほど。コピーバンド中心で、そこそこ上手いバンドもあり、はっきり言って下手っぴなバンドもあり。まさに大学の軽音楽部ライブだった。

MCも完全に内輪ノリ。観客フロアの友達とわいわい、どつき合いをやりながら、ライブは進んでいった。ラストは小さなアンコールが起きたが、予定外だったようで、演奏はせず、店内BGMをカラオケにして、歌って踊って盛り上がった。


それぞれの音楽を、精一杯。

10年前くらいまでは、私はこの手の、大学生の内輪ノリライブが大嫌いだった。音楽を真剣にやっていない感じがしたし、ちゃらい雰囲気が肌に合わなかった。お友達だけを相手にして、これでは全く外に広がっていかないとも思った。コピーバンドで満足しちゃうなんて、全然ハートがロックじゃない。こいつらはバカだ。 ……などと当時は思っていた。

しかし、今は違う。昔の私は《音楽活動》をものすごく狭い意味で捉えていた。音楽活動一直線で、広く一般のお客さんにどんどんアピールしていく、プロ志向の活動をしている人たちだけを「真剣に音楽をやっている人たち」と捉えていた。

しかし本当は、音楽活動には、様々な在り方があるのだ。人にはそれぞれ全く違うライフがある。音楽活動との向き合い方も多様であって当たり前だ。例えば、心の中では時々「プロ・ミュージシャンになりたい」と夢見ることはあっても、勉強も就職活動も友達付き合いもせずに、音楽活動ばかりをやっていてはいけない、と自制している大学生もいるだろう。自ら設けた制約の中で、今できる精一杯の音楽活動をしている人間はたくさんいる。

この日のライブにも私は感動を覚えた。出演者全員が、今日のこのイベントを、今しかないこの時を、可能な限り楽しいものにしようと、精一杯頑張っていることが伝わった。音楽を真剣にやっていないなんてとんでもなく的外れな偏見だった。そして、この日は4年生の追いコンである。卒業生は《軽音楽部所属の大学生》を必死で全うして、近々、社会へと旅立っていく。


内輪だから、友達同士だから、いい。

ライブハウスのスタッフを除いて、私はこの日唯一の部外者であった。私はずっとフロアの隅で聞いていたがやや居心地が悪かった。もともとこの手のノリが肌に合わない、という被害者感もあっただろう。しかし、それ以上に、私の存在が、イベントの素晴らしさを損ねているという《加害者感》が大きかった。

例えば、身内だけの誕生日パーティに、知らないおじさんが一人混じっていたらどうだろうか?友達の友達でもない、完全に見ず知らずの赤の他人が一人混じっていたら、そのパーティは、そのおじさんの存在が故に、委縮し、つまらないものになってしまうのではないか。

この日のイベントは一応一般からもお客さんを募っていたが、実質貸切ライブのようなものだった。

内輪ノリが楽しいのは、そこにいるメンバー全員が、気心の知れた内輪だけだからだ。下ネタや人を攻撃するようなネタは、どこまでが「あり(笑って済ませられる)」で、どこら辺に「超えてはいけない一線(笑えない)」があるのか、時と場所と場合によって異なってくる。それを初見さんが把握するのは非常に難しい。しかし、内輪なら、全員が共有するものがある。

また音楽の技術レベルや、今日この場所で音楽をやる目的についても、全員がある程度共有していないと、良いイベントにはならない。幼稚園のお遊戯会に、晩年のジョン・コルトレーンが登場しても浮いてしまう。

まさに内輪ノリライブは、広がりがないことに意味があるのではないだろうか。体裁としては一応、一般のお客さんを募っていたとしても、実は一般のお客さんは来てくれないほうがいい。そのかわり、《お友達》にたくさん来てほしい。体裁として一般のお客さんを募るのは、大学内の練習スタジオではなく、ライブハウスでライブをやりましたという、記念/思い出が欲しいから。そう思っている出演者も多いのではないだろうか。


この日、一番上手かった出演者

大学生の内輪ノリライブが楽しめるのは、儚くも短い大学生の間だけだ。これは掛け替えのないものなのだ。彼らは半分は大人であり、その掛け替えのなさを、十分理解しているように思う。

この日一番演奏がうまく、MCも上手かった女性は、『クマのプーさん』のティガーのコスプレ(着ぐるみ)を着ていた。そして、「2年前のこと覚えていますか?」「あの頃、私すごい恰好してステージに立って、ピョンピョンはねて」「もう2年前なんですよね」といった話をした。ティガーが、だ。つまり彼女は2年後になればまた、ああ2年前はすごい恰好してステージに立っていたな、と思うことだろう、ということを暗に示唆しているのだ。

追いコンにふさわしい素晴らしいステージだった。ありがとう。

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category: 音楽

thread: ライヴレポ・感想 - janre: 音楽

下手だけど、そこが良い - My Sweet Darlin' / 矢井田瞳  

久しぶり――もしかしたら10年ぶりくらい――に矢井田瞳の『My Sweet Darlin'』(2000年10月4日)を聞いた。ライブではなくてCD(daiya-monde)音源である。

記憶していた以上に、歌が下手で驚いた。そう聞こえた。ただ、歌が下手でも良い曲というのはある。特にポップスやロックには多い。荒削りな勢いが強調されて、逆に魅力になる場合もある。この曲もそういう曲だと思う。

歌詞も
神様はいない
だって祈ったもん 想いが届きますようにって
祈ったもん…

といった具合だ。

社会には様々な人間がいる。様々な宗教があり信者がいる。基本的に我々は、自分とは異なる宗教観を持つ人間に対して、配慮をしなければならない。それが大人というものだ。

一方で、ポップスを含め芸術の世界では――アーティストの哲学に基づいて、詩情を込めて、あるいはロック/パンクな意思を込めて――積極的に神の存在を否定することがある。それは時に信者の心を深く傷つけることもある。

矢井田瞳もそうだろうか。

私にはそうは聞こえない。私には単に“Yaiko”の思慮不足なだけのように聞こえる。社会経験の少なさから、子供/若者は時々、思慮を欠いた発言や行動をしてしまうことがある。まったく軽はずみに。私にもそういった覚えは沢山ある。

矢井田瞳はこの時22歳だ。「まだまだ子供だった」ということではないだろうか。

そしてそれが、この曲の魅力の核でもある。芸術表現をする上で、「若気の至り」は非常に尊いものだ。この曲は“Yaiko”の若さゆえの、ナチュラルな未完成さが詰まった曲ではないだろうか。“Yaiko”は若作りをしない。子供ぶらない。下手なふりをしない。自分を《やんちゃな若者》として演出しない。自然体で、まさにそのものだからだ。

そして、若者だから許される(魅力になる)表現は、歳を取れば、急激に許されなくなる(魅力を失う)。自然体でやんちゃさを表現できる期間は短い。それだけに、『my sweet darlin'』のような魅力を放つ曲は、実はそう多くない。この短い期間に、精一杯音楽活動をし、レコード会社やプロデューサーとの良い出会いをしなければならないからだ。


category: 音楽

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Hajime Yoshizawa Special Sampler (NOT FOR SALE)  

2008年 TSUTAYA RECORDS

吉澤はじめの非売品サンプラーCD。押入れの奥から出てきました。確か彼の別のアルバムを買ったときにオマケで貰ったのだと思います。

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category: 音楽

thread: 音楽のある生活 - janre: 音楽

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THE JAZZ BIG BAND 2 BENNY GOODMAN 200CD-J-42  

ビッグ・バンドの時代 2 ベニー・グッドマン
All rights reserved. ℗&©2003 TIM AG
輸入・発売元 オーヤマアソシエート 04220
MADE IN EEC
2014_1_17CD (1)2014_1_17CD (2)2014_1_17CD (3)
100円ショップで200円で買った。

「収録のベニー・グッドマンは、ジャズ・ビッグバンドの時代の作品ですが、コンボ編成にて録音されております。ご了承ください。」と注意書きある。シリーズ2作目にして既にシリーズ・コンセプトが揺らいでいる。

が、一般にはビッグバンドのバンドリーダーとして知られるベニー・グッドマンの、コンボ録音を聞けるのは、珍しい物好きのリスナーとしては嬉しい。細かい録音時期、録音データは一切不明だが、聞いた感じだと何となく40年代くらいのまさにビッグバンド・ジャズ全盛の時代の録音かと思う。全てモノラル録音。

ジャズ史の大きな流れは、ビッグバンド/スウィングの時代から、第二次大戦を経て、ビバップの時代へ、そして、クールジャズ、ハードバップの時代へと続いていく。響き的に、このCDに収められた曲たちがビバップの先駆けとは思わないが、編成的には時代を先取りしているとも言える。

速い曲も収められていて格好いい。

category: 音楽

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THE MUSIC OF THE MIDDLE EAST PLSCD 701  

castle tutse

℗2004 The copyright in this compilation is owned by Sanctuary Records Group Ltd.
The copyright in these sound recordings are owned by Music Masters Amphonic Music, Caravage and Really Free Solutions, and are licensed to Sanctuary Records Group Ltd.

©Sanctuary Records Group Ltd.

Graphic Design: Debbie de Villiers

Sanctuary House, 45-53 Sinclair Road, London, W14 ONS

MADE IN THE EU LC6448
2014_1_17CD (4)
2014_1_17CD (6)
2014_1_17CD (5)
タワレコで買ったと思う。

余談だけど、よく見かける「mcps」というロゴは、mcpsという著作権管理団体によって管理されている音源だ、という意味らしい。

category: 音楽

thread: 音楽のある生活 - janre: 音楽

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