現代 note

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中曽根康弘、梅原猛、靖国神社について  

中曽根康弘は1985年、首相として靖国神社へ公式参拝している。

私の考えはこうなんです。私自身海軍に行っていますし、弟も戦死しました。私の弟ばかりではなく、じつに多くの人たちが戦死しています。そういう体験からくる思いがまず私にはあります。

靖国神社は厚生省・陸軍省・海軍省の所管であったわけで、つまりは公的な国の機関であり、そこの神主は陸軍大佐にも相当する存在です。「戦死したら、お前らは皆、靖国神社で祀られるんだ」とわれわれはいわれ、連合艦隊へ配属されるときは、「おい、靖国神社で会おうぜ」といって艦に乗って戦場へ向かっていった。英霊は靖国神社に祀られ国の丁重な扱いを受ける約束になっていました。

その靖国神社を、戦争に敗けたら、マッカーサーにいかんといわれて、総理大臣が参拝できないことになった。英霊たちは、靖国神社以外にまず帰ってくる場所がないわけで、一度はここに戻って、それからそれぞれの家のお墓に入るわけです。キリスト教徒であっても、神道に帰依するものであっても、それは一緒です。それなのに国家の行政権の長である総理大臣が来ない。ひと言、「ご苦労様」というべきなのに、それをしない。国家として、これは契約違反ではないか。マッカーサーが日本にいる間はしようがなかったとしても、もういないんだから、一回くらいお参りしたらどうなのだ。英霊たちはそう思っているに違いないと、私は感じていたわけです。国家は、彼らが戦死したら靖国神社に祀ると約束したのですからね。

そんなふうに考えていたものですから、総理になって、ちょうど戦後四十年の節目の年、昭和六十年に、総理として堂々と参拝したいと思い、懇談会をつくり答申を求めた。公式参拝違憲にあらずということをはっきりさせてから行きたかったのです。


実際にはその後、違憲判決が出ている。
中曽根に対して梅原猛は以下のように答えた。

靖国神道は、明治以後に生まれたものです。つまり古事記神道とは違う。古事記神道を簡単にいうと伊勢神宮と共に出雲大社を手厚く祀れということです。ところが出雲大社は皇室の祖先であるニニギノミコトがこの国に来る以前にこの国を支配していたオオクニヌシ一族を祀っている。いわば皇室の敵です。いまの皇室の祖先が、自分たちが倒し征服した前の王朝を出雲に祀って、自分たちの本拠地である伊勢よりも大きな神社を建てた。日本の在来の神道では、このように、神社というのは自分の祖先を祀るのもありますが、自分たちが征服し倒した相手の鎮魂のために建てたものも多い。伊勢と出雲というのは、祖先神と敵方を共に祀れということです。

ところが靖国神道は、その日本在来の神道とは違う。それは味方だけを祀って敵を祀らない。私は前々から靖国神道は伝統の神道に明治以後のヨーロッパから学んだ国家主義の影響が強く加わったものではないかと思っていたのです。


二人の意見は靖国神社が特殊な存在であるという点では一致している。靖国神社は伝統的な神道にのっとった神社ではなく、英霊を祀るための国家機関として存在してきた神社なのだ。

特殊な神社であるから「個人的な信仰」「信仰の自由」を理由に、政治家が参拝をするのは無理がある気がする。それだったら中曽根のように靖国を純粋な宗教機関というよりも、特殊な国家機関として、正面からとらえた方がいいのではないか。靖国神社は神社であって神社に非ず。


政治と哲学―日本人の新たなる使命を求めて政治と哲学―日本人の新たなる使命を求めて
(1996/12)
中曽根 康弘、梅原 猛 他

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2013年12月26日、補足。

玉串料を公費から支出するなど、靖国神社への公的な参拝には違憲判決が出ている。同時に、「神社本殿での拝礼は、個人的信条に基づく宗教上の行為、私的行為として首相個人が憲法20条1項で保障される信教の自由の範囲。」との判決も出ている。つまり靖国への拝礼を《宗教行為》とした上で、私的であるのだから合憲であるという判決である。

"特殊な神社であるから「個人的な信仰」「信仰の自由」を理由に、政治家が参拝をするのは無理がある気がする。"と述べたのは、靖国への拝礼が《宗教行為》とされていることへの違和感である。神道の本格的な儀式への本格的な参加であれば宗教性は疑いようがないと思うが、一般人が行うのと同様の、拝礼やお祈りは、靖国の特殊性を鑑みれば、宗教性は薄いと感じる。宗教よりも、もっと普遍的な、霊に対する礼であり、痛ましい戦争への反省を表す行為、と考えられると感じる。 
勿論個人の内面については、客観的には計れない。
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category: 思想/哲学/宗教

thread: 靖国参拝 - janre: 政治・経済

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ペレストロイカと労働意識  

こんな噺がある。何かの建築物を作っている人々のところへ旅人がやって来て、一体何をしているのかと一人ひとりに聞いてまわった。ある者が腹立たしげに答えた。「見てのとおり、朝から晩まで、こういうつまらん石を運んでいるだけですよ」ほかの者が立ち上がり胸を張って誇らしげに言った。「ほら、私らは神殿を建てているんですよ!」

緑の丘に立つ輝く神殿という高邁な目標を思い描くことができる者にとっては、どんなに重い石も軽くなるし、どんなに激しい労働も喜びになるのだ。

『ペレストロイカ』 p34  M.ゴルバチョフ


コミュニスム的理想をよく表している一文だ。ゴルバチョフはペレストロイカによって経済・社会の変革に取り組んだが、同じくらいモラルと意識の変革に熱心だった。唯物論的には党内の人事異動と言論規制/緩和を行った。

レーニン的な社会主義とは大衆一人一人による生きた創造活動である。よって一人一人の人間が活性化しなければならない。そうでない社会主義は社会を二つのグループに分けてしまう。指導する側と指導される側である。そのような機械的な社会主義には反対だ。 ゴルバチョフはこのような考え方を持っていた。

ペレストロイカペレストロイカ
(1987/11)
ミハイル ゴルバチョフ

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category: 思想/哲学/宗教

thread: 哲学/倫理学 - janre: 学問・文化・芸術

要約 - 『資本論』の対象 1  

資本論を読む〈中〉 (ちくま学芸文庫) 資本論を読む〈中〉 (ちくま学芸文庫)

(1997/01)

ルイ アルチュセール



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ルイ・アルチュセール(著) 今村仁司(訳)

一 緒論

この論考の主題は、マルクスとマルクスの著作との関係である。私はマルクス自身に問いかけ、いかにして彼が自分の著作と、彼の生産の理論的=歴史的条件との関係を理論的に反省したのかを見てみてみたい。

『資本論』の科学的対象は経済であり歴史である。そして哲学的対象は「基礎的な認識論的問い」である。私はマルクス自身にマルクス主義哲学の対象であるこの認識論的問いを提起したい。彼は科学的創設の行為自体によって新しい哲学的空間を切り開いたが、彼は自身の哲学についてどの時点でどこまで認識していたのか。そして彼の無意識の部分、言い換えれば知っているという事を知らなかった部分はどこなのか。マルクスが『資本論』を書き上げる過程で到達した明白な哲学的意識の度合いを測定したい。

言い換えれば私は、マルクスの知的生産行為それ自体にマルクス主義哲学の諸原理を適用しながら、かつこれらの原理を『資本論』の中に探し求めるという、二重の読み方、円環的な読み方をしていく。マルクスは研究の途上で『資本論』のテキストや注の中で、自分の著作自体に関する一連の判断、古典経済学者との批判的比較、自身の分析手続きを、数学、物理学、生物学等々の方法や、ヘーゲルによって定義された弁証法的方法に結び付ける方法論的見解を残している。また『経済学批判序説』など『資本論』以外の彼の著作も参考になる。『資本論』は難解な書物であり、逐語的に読んでいてもマルクス主義哲学は理解できない。マルクスをマルクス主義的に読むという円環が必要なのである。
zu[1]

上の図はイメージ図である。マルクスが資本論を記す。資本論の科学的対象は経済、歴史である。経済、歴史の中に於いてマルクスは生きた。そしてそれらの生産行為自体がマルクス主義哲学である。そしてマルクス主義哲学を用いてそれら生産行為を批判的に検証していく。

マルクスの科学的発見は内部に哲学を含んでいる。『資本論』は科学的読み方から哲学的読み方へ、そして哲学的読み方から科学的読み方へという絶えざる送り戻しをもって読まれるべきである。


原文は『Lire le Capital, tome Ⅱ』(1965)に収録の『L'objet du ≪Capital≫』

category: 思想/哲学/宗教

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